忠犬ハチ公を目指すハンサム顔の秋田犬
元々は隣家の女主人が飼っていたのですが、彼女が老人ホームに入居し家を解体することになりました。
身寄りのない人だったので犬が残されてしまい、町内会長からの依頼もあって、私の家で引き取ることになりました。
私の家で引き取る前から馴染みの犬で、秋田犬独特の引き締まった顔つきが如何にも賢そうでとても気に入っていました。
見慣れない人間には威圧的な態度をとるので始めは怖かったですが、だんだんお友達のような間柄になってきました。
だから、突然犬を引き取ることになった時は全く抵抗がなかったし、嬉しくもありました。
ある日、小学校の道徳の時間で「忠犬ハチ公」の話を知りました。
飼い主の上野博士に可愛がられ、いつも博士の送り迎えをしていた秋田犬のハチが、博士の急死後もその習慣を守り続け、来るはずのない博士を渋谷駅の改札口で待ち続けるという、感動的な実話です。
教科書に載っているハチのイラストが、引き取った犬とよく似ていました。
そんな事から、私の家の犬もハチ公にしようと思いついてしまったのです。
早速私は犬に「ハチ吉」と名付けました。
実は元の飼い主が名前をつけていなかったので、ずっと「イヌ」と呼んでいたのです。
そして次は、学校までの道を教えなければならないと思い、犬小屋の柱に縛られてある綱を外そうとしましたが、子どもの力ではびくともしません。
悪戦苦闘しているのを祖母に見つけられて、叱られてしまいました。
それでも忠犬ハチ公への道は捨てきれず、どうしても賢い犬に育てたいと思った私は、「お手」が出来るようにするという目標を立てました。
しかし、その方法が分かりません。
分からないままに「お手」の稽古をさせていましたが、当然いつまでも出来るようになりません。
それでも懲りずに繰り返していたある日、父がペットショップの店主を連れてきました。
その人は、ハチ吉に「お手」が出来るように躾けてあげるというのです。
ハチ吉は店主に連れていかれました。
その後どれだけか日が経って、店主がハチ吉を連れてきました。
「ハチ吉、お手」と店主がハチ吉に言うと、ハチ吉は下手くそですが「お手」っぽい仕草をするではないですか。
信じられなくて今度は私が「ハチ吉、お手」と言ったのですが、ハチ吉は何もしません。
何回試しても変わらず、家族に大爆笑されてしまいました。
そんなハチ吉と、ある時お別れが来ます。
元の飼い主の遠い親戚の人が突然来て、迷惑をかけるのは申し訳ないからと、その人がハチ吉を引き取ることになったのです。
学校から帰ってくると、犬小屋と一緒にハチ吉がいなくなっていました。
でも、私は不思議なくらい淋しくありませんでした。
思い出がたくさんだから。